スタートダッシュ

 早いもので、今年も3月中旬。

 何回目かの年男として2009年を迎えたのだが、病院に通うことばかりだった。

 生まれて初めてインフルエンザに罹り、人生何回目かのギックリ腰となり、扁桃腺炎に罹った。他にも熱発するなどもあって、今年に入って休んでばかりのような気がする。

 そういえば、出張に行ったら悪天候でフェリーが出航せず、一日足止めをくったこともあったなぁ。

 それとは関係ないけどスタートダッシュ。何のスタートダッシュかといえば、昨年末、8日間の長い休みに備えて準備した本が10冊。最初は足りるかな、などと思っていた。

 しかし、怠け者の血は怖い。

 年末は大掃除の名目で蔵書の整理やら虫干しやらをしていたが、思わず資料に見入ったり、読んでしまったりして全然進まず、結局大雑把なままで終わってしまった。その後は、一人お疲れさん会と称して酒を飲んだので、翌日も本を読むどころではなく、逆に二日酔いに苦しみながら、大掃除をなんとか終わらせることしかできなかった。

 今日できることは明日でもいいと思う性格が、こんなときにも災いする。

 毎年、大掃除をしながら思うのは、本が多いこと。しかも年々増えていくばかり。いつかは収納場所がなくなるだろうと思いながらも、本を購入するのはやめられない。

 年末に大きなため息をつくばかりなのだ。

 まぁ、なんやかんやで通り過ぎていった2008年の年末。明けてからは、酒ばかりを飲んでいたので、これまた本を読むどころじゃなかった。もちろん、何冊かは読んだけどね。全然計画通りにはいかない年末年始の読書計画なのであった。

 それがガラッと変わったのが、出張での読書。一泊二日の予定だったので、まぁこれくらいなら大丈夫だろうと持っていったのが4冊。しかし、予定外の二泊三日となってしまったので、足りない状況になってしまった。

 なにせ、ひたすらに寒いので、外へ出て行こうという気になれないのだ。結局、ずっと布団にくるまりながら、本を読むことになってしまった。足りない分は、民宿にある漫画や本を借りてきて枕元に並べて読んだ。結局、漫画を除けば、暇にあかせて8冊くらいは読んだだろうなぁ。

 そして、冒頭に記したような病気の数々。なにせ、ベッドに寝たきりの状態で、やることがないのだ。そうなると、本を読むしかない。偶然にも図書館の本や書店から買ってきた本、娘の本棚にあった本などがあったので、本に飢えることはなかったから良かったんだけどね。

 インフルエンザの時には、熱が何度になったら読めなくなるかという実験もした。結果、九度以上になると朦朧としてきて、活字を読めなくなった。

 なので、私の読書限界体温は八度台ということがわかった。わかっただけで、意味はないけど、なんか嬉しくなった。

 体調的には最悪の年明けだが、本を読むことに関しては、いいスタートダッシュを切ることができた。面白い作家をみつけたし、好きになった作家も生まれた。

 さて、これからどんな本が私の前に現れてくれるか楽しみである。

匂いと香り

 かつて勤め先は糸満の海辺にあった。原稿整理や校正に疲れたときなどは、気分転換に会社の周辺を散歩することがあった。たまには、少しさぼって、海岸線へ車を走らせて車中や堤防で本を読むことも……。潮の香りを味わいながら本を読む。散歩するときには必然的に、潮騒や海の匂い、それに付随する香りをかぎながら歩くことになる。那覇の街や幹線道路沿いを歩いているときの排気ガスに満ちた場所とは全く違った世界が、そこには広がっている。くさいのは嫌だけど、自然の香り・匂いを感じていると、仕事を忘れて神泉な気分になる。

 それとは別に好きな匂いがある。インクの匂いだ。本の匂いだ。

 糸満にいた頃の職場は印刷会社なので、たまに、自分でも訳がわからなくなって、インク匂いたがり発作が起きて、工場に行ったりした。そこで深々と深呼吸してインクの匂いを嗅いだりした。工場のインクの香りもいいもんだったなぁと今にして思う。しかし、編集部門の私が工場内をウロチョロしていると胡散臭い目で見られることもあるので、どんなものが印刷されているかなと、編集者っぽい表情をつくり、工場を歩き回っていた。しかし、内面では、インクの香りや匂いを堪能しているのである。完全に病気だったと思う。

 そんな沢山の印刷工場から生産されてきたいろんな本を読む。新刊書店の本、古書店の本、図書館の本、友人から借りた本等々。そんなたくさんの本たちだから、読んでいくうち、それぞれに匂いというか薫りが立ち上ってくる。

 もちろんインクの匂いもあるが、他にも甘い香り、きな臭い匂い、緑や風の匂い。主人公の体臭が匂ってくるような本もある。読みながら、その本ならではの薫り・匂いを嗅ぎながら頁をめくっていく。歴史の本からは、その時代の人間の匂いを感じる場合もある。優雅な香りもあれば、汗くさい、人間本来の匂いなど。活字から香ってくる緑の香り、美味しそうな料理の世界、そして、生き生きと動き回る人間の匂い。

 あぁ、この本に出会えて良かったなぁと思う、至福の刻だ。しかし、自分の編集した本に関しては、あまり感じたことがない。何故だろう。

 原稿から読み始め、校正などでも何回も読んでいるから?読み過ぎて嗅覚がマヒしてしまっている?仕事で関わっている本だから?
………いろいろ考えてみる。

 結果、たどり着いたのは……最初からずっと関わっているから、本そのものが自分なんだろうね。もちろん、本っていうのは著者が書くから本になるのであって、私たち編集者がいなくても完成するのは確か。でも、私にとっても手塩に掛けて育てた本だからね。

 それとは別に、図書館や古書店の匂いが好きだ。埃っぽく、紙とインクの匂い・香りで充満している本だらけの場所。思わず眠ってしまいそうになる。静かな雰囲気もいい。書棚と書棚の間の通路で、この匂いに包まれて眠りたいなと、行くたびに思う。

 新刊書店の場合は、雑誌コーナーへ行くと、インクの匂いが濃厚に立ちこめている。BGMや人の多さがインクの匂いと相まって、新刊書店らしい雑多な感じがする。新刊コーナーの本を開いて、立ち上ってくる香りを嗅ぐのも好きだ(しかし、こんなことばかり書いていると、ホントに危ない人みたいだなぁ)。紙の匂いを嗅ぐのも好きだ。思わず、本に顔を近づけてクンクンしてしまうこともある(う~ん、やっぱりこう書くと変な人だ)。

 新刊本と図書館の本、古書店にある古書、それぞれに匂い・香りに違いがあるのも面白い。それぞれに独特の匂いや香りがあるのだ。目隠しをされて、無音の状態の新刊書店、図書館、古書店に連れて行かれても、絶対どの場所かわかる……と思う。……多分ね。

 話はそれるが、新刊書店へ行くと、便意を催す人がいるらしい。以前、書店へ務めていたことがあるが、そこにも、毎回、来るたびに「トイレ借りていいですか」と聞きに来る中学生がいた。あのときは、なんでここへ来るたびにトイレに行くんだろうと不思議でならなかったが、そんな人が多いことを知り、納得したことを憶えている。インクと便意の関連性。ありそうでなさそうで、なさそうでありそうな話ではある。

 私は眠たくなるタイプだ。特に図書館へ行くと、心地よい眠りに誘われそうになる。 もし許されるものであれば、寝袋を持ち込んで、総記から始まる図書館の本と生活を共にしてみたいと夢想しているほどだ。 本の匂いで心地よい眠りに誘われ、起きている間は本に囲まれている生活。目が覚めたら、面白そうな本たちがズラッと並んでいる光景。いいなぁ。

 と、ここまでは本やインクの香りや匂いの話。

 面白くて、内容に没頭してしまう本がある。本にのめり込んでしまうことがある。そんなとき、紙面から香りが立ち上ってくるように感じることがある。そんなとき、思わず、鼻をヒクヒクさせてしまう。描かれている情景や料理の香りが脳を刺激するのだろう。

 だから、本って読むことをやめられないのだ。

私の文章修行

 困った。非常に今困っている。

 どうしてか。それは、私のいい加減さが原因。今日は珍しく、タイトルから入ってみようと考えたのが運の尽き。

 はっきりと書くと、「私の文章修行」などと、大げさに書くつもりは全くないからだ。ただ、私は文章を書く場合、タイトルからではなく、文章の内容から入っていく。

 この文章も、私の文章の書き方が書けることができればいいなあ、と思って書こうと思うのだが、それにしてはタイトルをつけないといけない。だから文章修行という大仰なものになってしまったのだ。もとから文章修行などしたこともないのに、内容も、修行とは全然違うのにである。

 じゃあ、タイトルは書き終えたあとにつけたらいいさあなどと考える方もいるとは思うが、ここが私の不器用なところ。タイトルが決まらないと、文章が前に進んでいかないのだ。

 結論からいうと、私は文章の勉強ないしは修行などしたことはない。

 それどころか、自己流で書いているこの文章だって、推敲したり、語句や表現にこだわったりもしない。書きっぱなしである。

 かつて、尊敬する編集の先輩から、「宮城君、編集者であれば、文章を書かなくてはいけないよ。もし、文章の依頼があったら何もいわずに受けなさい」と言われたことがある。

 不思議なことに、それから、新聞などからの依頼があるようになった。面白いものだ。でも、あの言葉がなければ、今私が編集者稼業とともに、ライターとして活動することはなかったかもしれない。感謝している。

 文章に関しては、一応編集の仕事をしているので、文脈や“てにをは”には気をつけているし、著者からの原稿にも、その観点から朱を入れることが多い。自分の文章もしかり。

 また、前後のつながりにも気を遣う(いってみれば文脈と同じだけどね)。流れを大事にしたいのだ。

 だから、自分で文章を綴る場合は、起承転結を考えながら書いている。うまく書けているかは、自分でもわからないのだから、評価なんかできないが、少なくとも、そのような気持ちで書いていることは事実。

 また文章に関しては、書きたいと思う材料があれば、頭の中で、表現方法や書き方を考えていく。これだと思う単語や文が思い浮かぶと、それを基本に組み立てていく方法だ。それが、いくつかまとまると、パソコンに向かうこととなる。

 あとは一気呵成に書くだけ。

 頭の中にある単語や表現を結びつけていくだけとなる。しかし、先ほども書いたように、根っからいい加減な性格なので、考えていた文章が全く違うことを書くこともある。そんな場合は、最初考えていた2~3行を書いていても、つい違うことを書いてしまうんだよなぁ。あきらめの早い私はこんな時、すぐ諦める。

 考えたまま、書き進んでいく。最初の文章は、違うタイトルを付けて、再度書くこととなる。書けるストックが増えるからいいと思うことにしている。

 そんな私なので、依頼のあった文章には苦しむ。依頼の内容に合わせて文章を完結させていかなければならないからだ。あっ、だからかぁ。苦し紛れに書いているから、依頼がだんだん少なくなってきたんだ。などと、書きながら思いついたりもする。

 もうひとつ、私はあまり読み返すことはしない。この文章を書くに当たって、本稿「いっしゅん堂本舗」のバックナンバーを読み返してみたが、誤字の多いこと。赤面の至りである。書くはずだったのに、抜けている文もある。

 もし、私の文章を楽しみにしている方がいらっしゃるならば、心の底から「すいません」と謝りたい気分である。 今日はだんだん気が重くなってきたなぁ。こんないい加減な文を書いている私がいちばん悪いんだけどね。

 結局、今日の結論は、私のいい加減さだけが浮き彫りにされてしまった。というかあからさまにしてしまった。本当にごめんなさい。

 ひとつだけ、いえるとすれば、私はたくさんの本や作者から文章を学んできた。それが私の文章を形作っている。でも、未だに自分の文体がわからないし、作家の方々の凄さを改めて感じている。

 文章って、だから面白いのかもしれない。だから、拙くても、書き続けていけるのかもしれない。

 そういえば、今気づいたことがある(ほんと、今日はそればかりですが)。私の文に、横文字は少ない。カタカナも少ない。それは、自分が本当に理解している言葉だけを使っていきたいからなのですよ。ってカッコつけて書いたけど、横文字、つまり英語など他の言葉ってわからないからなんだよね。やっぱり、今日も読み返さないで、文化社の徳元さんに送ることにしようっと。

 読者の皆様、私の駄文・拙文読んで下さって本当にありがとうございます。今年も『いっしゅん堂本舗』をよろしくお願いします。

仕事

 今日、今年最後の仕事が終わった。

 2年がかりの仕事。総頁820頁になった。

 3回で終わるはずだった校正が大幅に増えた。当初は600頁以内に収める予定だったので、しようがないことではあった。しかし、疲れた。袋小路に入ってしまうとはよく言ったもので、見れば見るほど誤字が出てきて大変だった。最初から気を付けていればと後悔しても後の祭り。4校、5校となっても朱字だらけだったが、なんとか6校目で目処がついて本日めでたく校了となった次第。

 コンピュータで組版をするようになって、スピードアップされ、変更が容易になったことと、ギリギリまで作業ができることに改めて感謝した。

 しかし、今年の仕事はハードだった。特にピークの7月から9月にかけては忙しすぎてパニック状態になることがあったほど。徹夜も何回もあった。10月下旬からはだいぶ楽になったが、体の変調を来したりして、さすがに歳を感じさせられた。もう無理がきかない歳になったんだねぇ。あんなそんなで今年編集・発行した本は9冊。振り返ってみると、やっぱり可愛い子ども達のような本ばかりだ。この子どもたちがどのように成長していくかも楽しみだ。お陰さまで、編集した本がタイムス出版文化賞を授賞するという嬉しいニュースもあった。他にも細々した仕事があったから、会社の仕事としては満足する内容の一年だったといえるだろう。また、自分がライターとして参加した本は2冊。まぁこんなものかな。来年は書かなければならない本が一冊あるので、心してかからないといけないと、年末らしい感想も抱いてしまう。

 本も読みましたねぇ。

 総冊数は数えていないけど、県産本を含めると350冊くらいかな。特に今年の傾向は、大作を読んだことだ。10巻以上のシリーズものを2つ。5巻から10巻のシリーズをいくつか。また、単行本だけど1000頁近い本も何冊かあった。中でも読みたかったシリーズが今年完結して、それを一気に読んだこともあったなぁ。充実した日々だった。私の読書人生の中でも印象に残るシリーズとなった。会社で仕事の史資料を読み、家や行きつけの居酒屋で好きな本を読むということも相変わらず。また、ラジオ・テレビのレギュラー番組が3本だったのが4本に増えたことも特筆すべきこと。考えたら、自分史の講座を持っているし、多忙な一年だったんだねぇ。

 さて、来年はどんな年になるだろう。仕事でも読書でも今年のように充実した一年となったらいいな。でも、浮かれてばかりではいられない。来年、再来年発刊に向けての編集も始まっている。さて、気を引き締めて机に向かうとしますか。

好きなもの・嫌いなこと

 つい先日、行きつけの居酒屋で泡盛を飲みながら本を読んでいた。

 仕事も終わったし、酒も美味しいし、本もクライマックスに入ってきたしで、満足する至福の時間を過ごしていた。そこでふと考えたのですね。今って、自分の好きなことばかりの時間じゃないかって。

 大好きな美味しい酒を飲み、面白い本を読む。最高の時間ですよね。他にも、家でノンビリ過ごしながら本を読む。椅子に座りながら、あるいは寝っ転がりながら、あるいはベッドの中で……。家で読むときは、本のジャンルに合わせて酒を選ぶのも楽しい時間だ。ハードボイルドだったら、バーボンだし、推理小説ならビール、恋愛ものならワイン、県産本だったら、もちろん泡盛。必ずしもこの通りに選ぶわけではないが、この本だったら、どの酒がいいかなと考えるのも楽しい時間なのだ。家族で時間を共有するのも、気の置けない仲間と興味の赴くまま話を展開させていくのも楽しい時間だし、好きなこと。書店や図書館で本を選ぶのも好きだなぁ。著者から戴いた原稿を初めて読むときのワクワク感もいいよぉ。

 好きなものや好きなことって、あまりないようだけど、たくさんあるもんだね。

 反面、嫌いなこともいっぱいある。例えば、バイクに乗っているときの雨。たくさんの本を詰め込みすぎてパンパンで重たくなったバッグ。冬の冷たい風。

 開きが悪い本。文字が小さすぎて読みにくい本。今日はここまで、読むぞと考えていたのに、つい寝てしまったときの自分。暗すぎて本の読めないバスの中。などなど、考えたらたくさんあるはずだけど、考えるのが嫌になってきたので、ここら辺で止めておこう。でもやっぱり好きなものも、嫌いなことも本に関することが多いな。

 好きなことって大事にしていきたいもんだね。

知恵熱症候群

 最近、仕事漬けになっている。

 私は、昨年の5月に今の会社に正式入社したので、5月区切りで発刊点数を計算しているのだが、今年は、5月から8月までに発刊しないといけないものが、なんと7冊なのだ。それというのも、短期間で編集・発刊まで行う本が3冊。予期せぬ受注で一挙に発刊点数が増え、仕事量も増大したというわけ。それでも、6月までに3冊発刊したので残りは4冊。そのうち1冊は自分史で、著者校正は終了しているので、あとは印刷・製本に回すだけ。残り3冊。なんとか、ここまでこぎ着けることができた。しかし、これがまた大変な仕事内容なんだよねぁ。詳しくは書けないけどね。とにかく、今は、7月と8月の発刊へ向けて作業を進行させているところなのですね。

 それで、仕事ばかりやっていると、次のようなことが起きるようになった。休みがない。余裕がなくなる。ストレスが溜まる。友人と約束ができなくなる(仕事優先のスケジュールを組むから)。それでも酒は飲むので、不規則な生活が更に不規則となる。などなど。とうとう、先日などは、熱を出してしまった。打ち合わせや、原稿受け取り、校正届けと打ち合わせなど、約束していたことはこなしたが、熱とだるさはいかんともしがたく、皆に甘えて早退することにした。考えてみたら、午後5時過ぎから家にいるなんて、今年に入って初めてのような気がする。それでも、仕事関係の連絡などが入ってくるので、結局休んだのかわからない状態ではあったが、ゆっくりできたのは有難かった。

 昔から、切羽詰まってくると、体に変調を来すことがよくあった。

 突然の熱発。突然の下痢。体が抵抗しているんだろうなぁ。特に、突発性の下痢なんて、病院に行って看てもらったら、「多分、自家中毒性によるものです」などと診断されてしまった。それはそれで納得したのだが、自家中毒って、普通は幼児がなるものなんだってね。ストレスが自分自身に向かって悪さをするってことだよね。熱発だって、周りからは知恵熱だろうって言われている。考えることがいっぱいあるから、頭がパンクして休ませて欲しいって訴えているんだろうね。普段、考えるって作業をしていないってことだよね。

 何か悲しいよね。

 でも、仕事を受けたんだから、やるしかないからね。でも、体が反乱を起こしてくれたお陰で、現在の精神的な健康状態がわかったので、楽にはなりました。それで、今日も机に向かってシコシコと仕事をしているわけです。難しい局面から、だんだんと形になっていく時期。それが今。いちばん編集をしていて楽しい時期かもしれない。苦しいけど楽しい。それが今の私。

 今回は、自虐的編集者の独り言だってことで、知らんふりしてください。本に関しては、相変わらず読んでいます。何せ、活字で癒されているから。でも、8月までの仕事をすべて終えて、ゆっくり酒を飲みながら、好きな本を思いっきり読みたいなぁ。それが、今の私のささやかな小市民的な夢なのです。

つらい

 ずっと書いてきたことだが、本を読むことを生活の一部にしているし、本の紹介をすることで幾ばくかの金銭も戴いている。

 まぁ一種の活字中毒で、本がなくては夜も明けないという生活。本を読むことが苦痛と感じたことなんてないし、本に対して失礼だとも思ってきた。

 好きな作家やジャンルはもちろんのこと、仕事で読まなくてはならない文献資料も同じである。仕事として読んでいたのに、いつしか夢中になって読んでいたということも少なくない。 

 仕事はしなくて、ずっと本を読んで暮らしたいとも思っている。本が買えるような生活状態でないといけないけどね。

 ず~っと気兼ねなく本を読んでいけたら最高だろうなぁ。と、考えていても無理な話なので、シコシコと仕事やプライベートな時間を割いて本を読んでいるのですね。 

 そんな私が、本を読むのがつらくなったのです。それは昨年末のこと。

 まず、新しく字誌の編集が入ってきて、原稿の素読みから始まりました。なんとその枚数約1500枚。頭がボーっとしてくる枚数なのです。しかも、原稿の確認のため、資料も探さないといけない。

 それから加速度的にさまざまな場面で本を読まなくてはならなくなってきました。さらに字誌の依頼が入り、その地域を調べるための文献資料探しや市史の読書。担当している講座の受講生の原稿チェックとリライト。さらに更に、テレビやラジオで紹介する県産本の読書。新報紙上に書いている年末回顧を書くための確認の読書。そして、またまた仕事用の読書。 

 あとで大まかに数えてみたら、11月から12月にかけて100冊以上読んでいました。恐ろしい冊数ですよねぇ。

 特に昨年は県産本に傑作・力作が多い上に刊行冊数も多かったので、これも読むのが大変でした。また私個人のこだわりなのですが、テレビでの県産本紹介番組を月に2本担当しており、同じ本を紹介しないと決めていたのですね。なので、余計に本を読まないといけなかったのです。

 それくらい昨年は県産本の刊行は多かった。 

 結果、何を犠牲にするかといえば睡眠時間や移動時間等々。なるべく眠らず、同じ場所にいて、ずっと本を読み続ける。とにかく目の前に本を積んで自分自身にプレッシャーを与え続ける。

 生活エネルギーのほとんどを読書に費やしたのです。 

 そうした生活をしていたら、いくら好きな本でも目にしたくないという心境になったのですね。読まないといけない本を疎ましくさえ感じたのです。ましてや殆どが仕事関係の本ばかりなので、つらさに拍車がかかりました。

 以前、このコーナーで活字つかれには活字注射が効くなどと書いたけど、今回ばかりはそんな心境にはなりませんでした。 

 しかし、嵐のような日々が終わり、本が目の前から消えていくと、やっぱり寂しいのですねぇ。本を手にしたくなるのですねぇ。 

 あれから2か月、相変わらず紹介用の読書に追われながらも、好きなジャンルの本を読んでいる私です。でも、今年も県内版元は元気です。もう溜まる一方です。

 なんとかしなくては(といっても、読むしかないんだけどね)。 

 考えたら、仕事に関することもあるとはいえ、ずっと机にかじりついて本を読むことを容認してくれた会社の皆さんに感謝しないといけないですねぇ。 

 私にとって、活字疲れには、やはり活字なんだろうね。

新刊と改心

 長い間、このいっしゅん堂本舗を休んでしまった。もし楽しみにしている方がいらっしゃったらゴメンナサイ。考えたら、9月に更新して以来だから3か月かぁ。本当に失礼しました。では、この期間、何をしていたか。実は、新刊が出たんですね。奥付は8月31日。前回の原稿は、校了して、落ち着いた頃に書いたんだね。わかりやすいなぁ。

 このコーナーでも以前書いたように、新刊が出ると、編集者は売るための仕事で忙しくなる。今回も、新聞社への紹介や出版祝賀会の準備、購入していただいた方々への納品、集金と、目まぐるしい忙しさだった。特に、自社本は私にとって久しぶりなのである。力が入るのですね。 と、書いてから、またしても3か月を過ぎてしまった。実に半年も更新していないのですね。怠慢でした。いつしか新年を迎え、旧正月も過ぎ、旧暦の十六日になってしまった。知り合いからも、「最近更新していないなぁ。怠けちゃいけないよ」などと、言われていたのです。

 本当に失礼しました。今日は改心して心を込めて書きますね。 

 さて、またまた弁解。昨年は、久しぶりの新刊に舞い上がって、そして売らなくちゃという気持ちが強すぎて書けなかったと弁解するつもりでした。しかし、それから3か月。またまた何をしておったか。いろいろあったのですね。新聞社のカルチャーセンターの講師や市民大学の講師、それに、さまざまな本の企画や自費出版の発刊。そして、忘年会やら新年会やら個人的な飲み会の数々。著者との打ち合わせと称した飲み会。相変わらず、忙しくバタバタしている毎日ですが、本当に心改めて書いていきますね。 遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。