沖縄のゴミをなくす本

●沖縄のゴミをなくす本
エフエム沖縄+沖縄のゴミど~するべきか考える会編 (株)エフエム沖縄発行 定価1200円(税別)

 私は喫煙家である。最近、肩身の狭い思いをしている喫煙家である。会社でも、家でも、用事で立ち寄る場所でも、片隅で小さくなって煙草を吸っている。そして、灰皿のない場所では吸わない。ただでさえ、肩身の狭い思いをしているのに、吸い殻を捨てて、その場所を汚したくないからだ。なので、以前は携帯灰皿を持っていたが、面倒くさくなったので、持つのをやめた。携帯用の吸い殻入れを持っていなければ、自然と吸う本数が少なくなるからだ。そんな私をみて、周りの人間は、そんな状態であれば禁煙したらと言うのだが、簡単にやめてしまうのも癪にさわるので、しばらくは喫煙家であろうと考えている。そんな私が、一番気楽に、そして気兼ねなしに吸えるのが、車の中(但し、自分専用の車だけ)だ。煙は空中に流れていくので、非喫煙者への副流煙を気にすることはないし、煙草を吸ってもいいですか? と聞く必要もない。

 しかし、しかしである。車中で煙草を吸って、道路に捨てる喫煙者が目につくのだ。そんな輩には、「お前には煙草を吸う資格なんぞない!」と面罵してやりたくなる。道路は決して灰皿ではないことは、だれでも知っていること。しかし、車中から吸い殻を捨てる奴は、そんな常識さえも知らない大馬鹿者なのだ。そんな輩がいるから、喫煙者は更に更に肩身が狭くなってくる。こんなことはマナー以前の問題。私は目撃したことはないが、車中の吸い殻入れの吸い殻を信号待ちの時、道路に捨て去るものさえいるらしい。ここまで来ると、開いた口がふさがらないという状態になってしまう。本当に喫煙者として考えなくてはならない問題だし、人間としてあるまじき行為だと思う。吸い殻は灰皿や吸い殻入れに、ゴミはゴミ箱にきちんと処理できる世の中にしたい。

 考えてみると、飲んだあとの空き缶や、お菓子の袋を無造作に捨てる人もいる。コンビニエンスストアの前に行くと、ゴミだらけの状態にビックリすることがある。あれは、店員さんが掃除をしているから綺麗なのですね。決して利用者がきちんとゴミをゴミ箱に捨てているからではない。店員さんの掃除とゴミ捨てが交互に繰り返され、イタチごっこのようになっているようだ。店の前には、ゴミ箱があるにも関わらず、平気で飲み食いしたものをその場に置いていってしまう神経。家の中でも同じことをしているのだろうかと、ここでも神経を疑ってしまう。

 かつて、私が子どものころ、社交場であったイッセンマチヤグヮーでは、飲み食いしたものをきちんとしないと、必ず店のおばちゃんやおじちゃんに叱られたものだ。そんなことから、社会のマナーを教わっていったのかもしれない。そう考えると、今の状況というのは、私たち自らが招いたことなのかもしれない。反省しなくては。高速道路のトイレに行くと、ゴミは持ち帰りましょうという貼り紙がされている。行楽や、車中で飲み食いしたゴミを家に持ち帰るのではなく、高速の休憩所にあるゴミ箱に捨てていく人が後を絶たないらしいのだ。ゴミ処理にかかる費用が馬鹿にならないらしい。これも、自分本位の考え方。そういえば、私もコンビニエンスストアのゴミ箱に、車から大きなゴミ袋を持ってきて捨てているのを見たことがある。理解できない。

 最近、海に行くことが少なくなった。何年か前、朝早くビーチへ娘を連れて行ったら、ビーチパーティをしている人たちの残骸があちこちにあって、気持ち悪くなったからだ。お菓子の袋、花火の残骸、ないやら得体のしれないゴミ。吐瀉物、Tシャツまで落ちていた。娘が成長して、泳ぎに行こうと言わなくなったこともあるが、あの光景は忘れられない。もうビーチに行かなくなって何年になるだろう。このような観点から沖縄を見ていくと、ゴミがあちこちに落ちている。いや捨てられている。しかし、それを漫然と見ているだけの私もいる。

 そんな私と同じように考えている方がいれば、是非本書は読むべき。本書には、まさしく沖縄のゴミをなくすには、どのような考えで、どのように実行していけばいいのかを教えてくれる心がある。ここでは深く書きません。本当に美しい沖縄にするのはど~するべきか、私たち自身が考えなければならないと深~く反省させられます。そして、実行している人たちがいることを教えてくれます。でも、考えてみたらゴミって簡単に言うけど、最初からゴミってあるわけないんだよね。最初は私たち人間に便利なように造られたものか、人間のために造られたものばかりなんだよね。ゴミが愛おしく思えてきた。
(06年11月1日)

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