本は生もの?!

 本は腐らない(但し、紙によってはボロボロに腐食してしまう本もあるが)。
 古書市場が存在する。
 本はいつの時代でも読める商品である。
 等々の理由によって、本は長持ちする商品のように思われがちだが、実際はどうなのだろう。

 一概に本といってもたくさんの種類、分野、数量が出版されてきたし、これからも生み出されていく。それをまとめて恒久的に続くものだといっても乱暴な話。本にも生ものはあるのだ。

 本当に本といっても様々。何世紀もの時を超越して今なお魅力の失せない本もあるし、時代を経るごとに貴重さを増していく本もある。事実、本には古書という市場が存在するのだから。しかし、しかしだ。その反面、緊急出版といって、ある事件のことを中心に扱った本もある。なにかのイベントの記念として出版される本もある。周知の通り、食品には賞味期限や消費期限があり、消費者の注意を促している。本にそのようなものが印刷されていることはない。が、消費期限のある本は上記のように、厳然として存在する。

 例えば、何年か前、復帰30周年記念出版と称して何冊かの本が企画出版されたことがある。それなどは、賞味期限のある生ものの本であるといえるだろう。例えば、現在売れているタレントがいるとする。そのタレントが俗に言う一発屋であり、儲けられるときに儲けておこうと本を出版した。これなどは典型的な生ものの本だ。例えば、ガイドブック。新しい情報がなければガイドブックとはいえない。沖縄でも、モノレールが走るようになったが、モノレール以前のガイドブックは情報誌としてのガイドブックとしては使えない。これも生ものの本といえる。例えば、時々刻々と変動していく経済。その経済を時流に合わせて解説した経済書も、時流が変われば読まれることはない。これも生もの。例えば、ラジオやテレビの人気コーナーから生まれた本。これも、コーナーや番組自体が終了してしまう場合がある。これも、いつしか忘れ去られてしまう生ものの本。などなど。本も生ものとして性格を持つものもあるということが分かると思う。期間が決まっている本、新しい情報が求められている本、旬な素材を扱った本などが、生ものといえる。

 沖縄県内の版元は、生ものとしての性格を持つ本を出版することはあまりないと思う(勿論例外もあるが)。資金力の不足もあるが、基本的には、長く読まれる本を編集したいという気持ちが根底にあるからだと思う。古本屋さんなどで、うらぶれたこのような本たちを見るのは悲しい。道端やゴミ捨て場に捨てられている本はもっと悲しい。やはり、いろいろな人が、長く読んでもらえるような本を作り続けていたいよね。自分の編集した本が、生ものだったと気づかされることもある。古本屋さんで、このような本を見ると不憫でならない。人知れず、「ゴメンね。そんなつもりで作ったつもりはないんだよ」と、語りかけている私がいる。